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ピースが一つ足りない、と
夜がそれを探しに向かう
朝になるとぼくは、拾ったピースを手にしたまま
夜が戻るのを待っている
*
空の遊水地で、きみが武器を捨てている
眼差しはしずかに、永久へと沈殿していく
すると 透明な魚が
その上を泳いでゆく
*
女郎花の咲く、沈黙の庭のなかで、
八月だけが饒舌だ
弔いは、黄色く擬態している
生のイメエジは捨てて、
きみの額に
夕暮れのように、偏在したい
*
ジグソーパズルはいつまでも無名で
世界はどこまでも不健康だ
夜行列車を乗り継いでもなお、
昨日の、失われた朝食に追いつけない
*
きみのノートの罫の間で、鳥がさえずっている
文字は、伝えるすべを忘れて
空中で分解した
空白を利用して、さみしさを計算すると
細胞が音をたてて死んでいく
*
ひとつのたしかな約束という
失望、
朝露が満ちてきて水位があがると、
不必要な記憶が、溢れて消える
また泣ける日のために、笑いながら
ぼくの言葉を拾いあつめる
*
おいで。
やがて、
ぼくたちにふりかかるすべては、新しい
白昼に空中分解した過去よ 集え 一本松を座標に
遠浅に浮かぶ箱庭 星くずを抱いて仰ぐ揺るぎない空
弧を描く鳥の軌跡を虹という きみの輪郭だけがとなりに
背中越しスローモーションで崩れゆく世界を眺む午後のループで
沈黙の庭に芽吹いたムスカリの 笑い声にも似た鮮やかな
希望的観測の上 散りつもる 花弁の白を反芻する朝
柔らかな石畳から蒸発す 悪意なき海の声と涙と
彼方まで見渡す森の底の底 宝さがしに出かける朝に
永遠よりも長い夜のその先の 名もなき明日を照らす太陽
/ゆるやかにカーヴした、なまぬるい運河を泳いでいく、とてもとても遠い夢を、ぼくはみていた。かつて、水の膜は皮膚を覆い、閉ざされたその海で、波間をたゆたう、不定形な固体だった。長く、漂っている間ずっと、えら呼吸をつづけていたのに、さかなになれないまま、産まれてしまった。やがて打ちよせられたのは、ひどく、不完全な、岸辺。
/教室で、初潮についての授業を聴くあいだ、窓から入りこんで、わたしばかりにまとわりつく、塩素のにおいと、プールサイドのはしゃぎ声。泳ぎは、にがてだった。水のなかでも、呼吸ができるってこと、いまも知らない。教科書にはさみこんだ、そのにおいを、わたしはときどき持ち帰ってしまう、すると、決まってわたしは、部屋で、溺れた。
/四角い天井を、観測しながら、皮膚をつたって沁みこむ、見たことのない誰かの体温を、感じていた。ずっと、ぼくを内包していた、温かい水の主の、手のひらで、低く、ひとつだけ発した声が、白い天井にエコーしてそれから、気化した。放たれたならば、それはもう、一部ではなくなる。外側では、夏が、一気に速度を増し、ゆうべ羽化したばかりのアブラ蝉の、まだ柔らかいからだを、融かしている。そういえば、手の主は、ぼくの性器を、確認しただろうか、
/学校に通うことが、必然ではないような気がしていて、さしずめ、今この瞬間、わたしの目標といえば、限りなく正確で、狂いのない円を描くことだった。この閉ざされたプランテイションで、栽培され続けるわたしに、やがておとずれる、実りと収穫、それが現実よりもずっと、くるしいものだとしてもわたしは、たぶん、なつかしんでしまう。なにも、なくさないと思っていた。いたずらに、コンパスで弄んだ指で、赤い液体が、点になる。子宮が、すこしかゆい。
/性器ではないなにかが、欠けていた、とすればそれは、やはり尾びれだろうか。さかなとして産まれたならば、この、黒い、夜の水槽のなかを、泳いでいくことができるのに。その向こうに、広がる世界は、あんなにも涼しく、潔い。しかしながら、五感のとぼしいぼくの、すべては、イメージの内側でしかない。ねぇ、なくしてはいけないものが、ひとつだけあるとしてぼくは、そのたったひとつを、しっかりと持たないままそれを、なくしてしまった。
/手を、洗っても洗っても、剥がれない汚れに、支配されている、気がした。あらゆる不都合が、下腹部に、集約されている、一方で、果実は小さく、つぼみをつけていた。蝉が、七日間の生を終えて、乾いていく。死んでいくときの、最期の鳴き声は、産声ととてもよく、似ている。あかちゃんを、産める体になったと、せんせいに言われてわたしは、今朝とはちがうわたしで、下校する。昇降口に貼られた、ポスターが、「いきものをたいせつにしましょう」、と、叫ぶ。帰り道、がたがたと傾く、側溝のふたの上を小気味よく、歩いていく。足元の、ほんのわずかな下水の、流れのなかを、さかなが一匹、滑らかに泳いで、消えた。
頂点はさらに、高さを増す。塔の上に塔を
重ね、そのようにして時代はいつも、賑や
かに葬られていく。足元には、無数のメタ
セコイアが植えられ、手をのばして、空を
仰いでいる。道は、休むことなくつくられ
た。わたしたちが迷わないために。
積み木をくずす所作で、戦争がはじまる。
無邪気に、そのありふれた朝を、穿つ。庭
では、熟れすぎたトマトが朱く弾け、読ま
れることのない朝刊を汚す。子どもたちは
その時も、背中のランドセルをカタカタと
鳴らしながら、走っていただろうか。まっ
すぐ、目の前にのびる道を。
公園のベンチに座って、赤く尖った先端を
眺めていた。長い鬼ごっこの、まだ途中。
笛を鳴らして歩く、豆腐売りの、失くした
左腕は、深い土の底で今も、リヤカーを引
いている。そういえば短距離走が得意だっ
たっけ、と思い出して、すこし笑う。立ち
上がるけれど、纏足をほどこした足は、う
まく歩くことができない。
あらゆるものは、この場所に偏在している。
灯り、富、思想、二酸化炭素、罪。低い周
波数で、ラヂオの電波が、底辺を這う時、
空で、テレヴィジョンの電波は、進路を忘
れる。道があるばっかりに、わたしたちは
しばし、迷う。目印を限りなく淘汰してい
くと、時代からわたしたちが消える。
地球の寝心地は、畳と似ている。湿り気を帯びた、緯線と罫線の、規則正しい織り重なりが、わたしをがんじからめにしてしまう。叩かれたら、丸く、蜘蛛みたいに丸くなればいい。皮膚を流れる汗が、畳に沈んでいくとき、混入していた不純物だけが残り、街が形成されていく、のだとしても、あなたはいつかその片隅で、産卵してくれるだろうか。
日なたで、羽虫が舞う。いとおしさと、うとましさ、不規則に表情を変える、メトロノーム。移ろう季節の中に、いったい、いくつの音が存在するだろう。そのどれもが、記号によって意味を持ち、そうしてはじめて、産声をあげる。朝露が、葉脈に沿って落ち、わたしを穿つ。痛覚など、とっくに捨てた。街には、いつしか環状線が走り、無機質なアスファルトによって、音階の高低差は、ゆるやかにつながり、そこに楽曲が生まれる。
すずしく、汗ばんだ皮膚に、風が触れる。咽喉が渇いて、わたしは、太陽が高いことを知る。自らに、水を与え、潤す。その咽喉から、こぼれだす、祈りのことばを、五線譜にかさねると、そこに、抑揚がほどこされ、速度がちりばめられる。過去は、いつだって、未来によって、赦されていくのだろうか。そのこたえを見つけるためだけに、また無音の朝がくる、のだとしても、わたしは。祈りを、ささやかなうたごえにかえて、きっと、あなたに再生したい。
わたしの、隙だらけの皮膚を突き抜けて
メタセコイアが生えている
臓器はいつしか記憶を失くし
葉脈を血液だけがめぐりつづけいる
あまりにむごい手つきで
世界が わたしを愛してやまないので
どんな角度からも見つからない場所に
自らをかくまっている
広がっていく、巨大迷路の壁越しに
幼子を呼び戻す声がきこえる
空はしばしば 葉脈を切断し、そこから
夕焼けがうまれる
ただいまを言うために、口をひらく
するとわたしがいなくなる
錘によって、わたしの外側の水位は上昇し、その先のどこにもふちはなく、溢れることができないままの記憶を、てのひらですくっては、こぼして、すくっては、こぼす、そうやって衰弱していく過日を潤している。時おり、ただよう酸素に沿って、魚がやってきては、触れることのできないわたしの皮膚を、ついばもうとする。その流線型の残像からも、水源の行方を知ることはできない。それよりもずっと以前から、底辺とはこんなふうに限りなくほどかれた、ゆるやかな長調の旋律につつまれた場所であったと。
水脈は、合流して、いずれまた分かれて、流れは絶えずつづいている。あなたの手の甲に広がる薄い皮膚の、その下を流れる、青く細い川に、久遠を見出すことができたなら、もうわたしは、無機物にあこがれを抱くことはしないのに。視界にフィルターをかけることで、不純物が取りのぞかれ、落ちてくるドリップの濁りない音が、わたしの内側で反響している。
合図を待って、細胞が拡散をはじめる。モールス信号の、その律動的な波形の、いつまでも止まない、スヌーズ。覚醒しないあなたの、耳元で、おぼえているだけの言葉をすべてならべるけれど、その直後に、短点と長点の合い間で要約されて、「おはよう」だけが、わたしにのこる。魚が、タクトを振りながら、泳いでいる。そうして、まだ明けない水の夜に、あなたの、獅子座をさがす。
皮膚に、阻まれている、いつも。その決して混ざりあうことのできない、境界線の上で、わたしたちは存在していて、足もとでは、朝がいつも、反射したり、屈折したりしている。あなたの、鼓動の、沈黙に耳をすます。呼応するパルス、そのわずかな波動が、朝ごとに生まれつづける、わたしの内側に、署名している。花が手向けられると、儀式がはじまり、錘から、解き放たれ、わたしはもう、あのほどかれた場所の、どこにもいなくなってしまう。
表面張力のグラスを、口元に寄せて、夜を飲みほすと、透明は、さらに透明を増していく。ありふれた、朝のあいさつで、外側の水位は下がり、水底は上昇をはじめる。とじていた木槿が花弁をひらき、やがてわたしは、わたしの死後の朝にであう。
近づいてなお遠ざかる逃げ水にかざす指先伝う体温
サルビアの紅いくちびる幾重もの酸性の朝に沈殿する声
ぼくの足元に横たわる地球儀で石化していく記憶の夏よ
約束のことばを乗せて沖へゆく海賊船の旗に祈りを
きみの背中に人知れず転がった 蜜柑色のゼリービーンズ
水溶性の喧騒、に流れ出す
夜の鳴き声
脈は終わって、それでもなお
時は余る
2
疎林のまばらを
記憶で埋める
蔓はどこまでも
遠く伸び
驟雨のあとの
光合成
放出、また
放出
3
極暑の下の午睡
夢で
細胞が無意識に
誰かを愛し
するとそれは人間の姿になり
それから
悲しみがうまれる
4
爆撃機が
見知らぬ高い空を行き
その下で蝶は
無邪気に白く跳ねる
本当のことを話すたびに
言葉の
腐敗がすすむ
5
永住したいのに、夏は
今も座ることを許してはくれない
水母によって喚起されるイメージと
浮遊をくりかえす
そのあいだもずっと聴こえ続ける
無言歌
硝子のコップに残る指紋を
日向が照らす
存在の痕
日焼けの重さ
なおさらに、罪
6
一ミリ、ずれてなお
つじつまが合っていく
覗きこむ
カレイドスコープ、
夏の星座、
そのように
7
釣鐘草が不変を身ごもり
産み落とすことなく散っていく
消えていく虹だけが
それを知っている
消えながら虹は もう
誰の明日にも残らない
8
浄化された夜が
西へ流れる
朝焼のコラージュ
ヘリオトロープの残り香
水盗人
いつまでも手をふる、送り火
時間がすべてを解決するって、
あの日誰かに教えたのは、わたしだった
窓からずっと離れた場所に、夏緑樹林が広がっている
重なりには、かならず隙間があって
遮断してしまいたい日常の
気配も、体温も、
わたしに 降りそそいでしまう
ページの中の、句読点を追うと
現在は、もう過去になっていて
明日という意識は いつも、行間に存在している
流れていく景色を、垂直にながめて
つめたい硝子に頬をつけても
思いだすのは、やっぱり くちびるのことだった
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